心の整理が着いたので・・・。
俺の好きなスポーツ選手の中でもトップ3に入るプロレスラーの三沢光晴が13日に亡くなった。
信じられなかった。あの三沢が・・・。
プロレスがゴールデンタイムから消えて数年後の高校時代、ゴールデンで放送されていたプロレスとは全く違ったプロレスがテレビで流されていたことに驚いた。それまでのプロレスは黄金カードが組まれていても結果は両者リングアウトか相手のリングアウトでの決着が常だった。「え~これでお仕舞いかよ」のパターンが多くどうも納得のいかない結末だらけだった。相手を道連れにしてリングアウト、相手を落してリングアウト。これではつまらなかった。
だから必然とプロレスが深夜に放送されるようになってからは「そこまでして見る番組」では無くなった。
ところが、ふとつけたテレビでプロレスはまるで別のスポーツになっていた。そこには全く見たことのない緑と銀のタイツ、黒と黄色のタイツ、オレンジのトランクス、日章旗のトランクスをはいた選手が躍動していた。彼らは「超世代軍」としてジャンボ鶴田を超えるべく戦っていた。若林アナと福沢アナの実況も超世代よりだった。
そしてそのリーダー格の選手は華麗にマットを飛び、エルボー、トペスイシーダ、タイガースープレックス、タイガードライバー、など今まで見たことのない斬新な技を操っていた。それが三沢光晴だった。
ジャンボも彼を意識してかお構い無しのえぐいラリアット、キチンシンク、バックドロップで応戦して観客を沸かせていた。
リングアウトはそこに存在しなく、相手がリングアウトになりかけると自らリングを降り相手をリングにあげカウント3で決着するプロレスがそこにあった。決着はどれも大技で危険な技で思わず「あぶなーいっ」と叫んでしまう様な技ばかりだった。それはやがて王道プロレスと呼ばれた。
放送翌日の学校は昨夜のプロレス放送の話で持切りと言っても過言ではなかった。程なくして俺は三沢の大ファンになり、スーパーファミコンでは氷川を操り、指に豆ができるまで悪友たちとたむろしファミコンに興じた。そして氷川まさのりは「1.2.100万円!!」と叫び連勝街道を歩んでいた。
三沢戦はどれも壮絶だった。三冠を初奪取したハンセン戦、バックドロップ3連発で撃沈したジャンボ戦、「殺人、殺人ドライバーーーー」と福沢アナが絶叫した川田戦、馬場が涙した小橋戦、三沢強しと決定付けたベイダー戦、トップロープからのネックブリーカードロップで社長を葬った馬場・小橋組vs三沢・川田戦・・・etc。どれも王道を貫いた名勝負だ。若林アナが試合で言っていた「三沢光晴涙が出るっ!」(三沢を見ていると涙が出るという意味であろう。)まさに三沢の試合は見ている人の魂を揺さぶるような試合の数々だった。
相手の技をくらい過ぎな感じはあったが、最後に勝つのは三沢だった。そんな三沢が大好きだった。でもまさか。。。プロレスで命を落すなんて・・・。
リング上で蘇生を施される様子を目の当たりにして、現実を受け止めた。
本当に残念で仕方がない。
スパルタンXで入場する三沢がもう見られないと思うと寂しい。
三沢対武藤観たかったな。
R.I.P.
合掌。
















